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岐阜羽島

東海道新幹線岐阜羽島という駅があります。

 

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岐阜羽島駅。

 

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開業間もない岐阜羽島駅周辺。何もないところに街をつくるところから「日本のブラジリア」とまで形容された。今昔マップより。

 

この岐阜羽島という駅名、実は4つの地名からなる合成地名であることをご存知でしょうか。

今回は合成地名のお話です。

 

 

1. 羽島市

岐阜羽島を構成する4つの地名を辿るため、まずは駅名の由来となった羽島市について紐解いていきましょう。

 

話は終戦直後まで遡ります。

明治期に制定された大日本帝国憲法には、中央集権体制を確立するため地方自治に関する規定は存在しませんでした。

このため、終戦後の日本を統治したGHQは、

  1. 地方分権の進展
  2. 自治体首長の直接公選制

以上の2項目を日本政府に要求しました。

 

GHQからの要請をもとに起草された日本国憲法には地方自治の章が割かれ、1947年に公布されました。

 

日本国憲法 第八章 地方自治

地方自治の本旨の確保〕

第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

地方公共団体の機関〕

第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。

2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

地方公共団体の権能〕

第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

〔一の地方公共団体のみに適用される特別法〕

第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

 

日本国憲法で規定された地方自治に基づいて、東京都制道府県制、市制及町村制が地方自治法へと発展的解消されました。

 

地方分権が推進されるなかで、新制中学校の設置管理、市町村消防の創設、社会福祉、保健衛生関係といった業務が市町村に移管され、市町村の携わる業務範囲が一挙に拡大しました。

このため、市町村の規模も拡大することが求められ、1953年に町村合併促進法が施行されました。

 

本法の施行を受けて岐阜県でも町村合併が促進されましたが、この際明治期に発足した郡を大枠として6市が発足しました。

 

岐阜県18郡と大合併】

()内は市制施行年

 

昭和の大合併で発足した岐阜県下6市のうち、羽島郡下10町村が1954年に合併して発足したのが羽島市です。

 

【合併に加わった羽島郡下10町村】

  • 正木村
  • 足近村
  • 小熊村
  • 竹ヶ鼻町
  • 中島村
  • 中島村
  • 江吉良村
  • 堀津村
  • 福寿村
  • 桑原村

 

どうやら、羽島市の由来は羽島郡に求められるようです。

 

2. 羽島郡

それでは、羽島市の由来となった羽島郡の由来を遡りましょう。

話は明治維新まで遡ります。

 

明治維新によって地方行政は府県が町村を管轄する中央集権的な体制に移行しました。しかし、全国に高々50しかない道府県が当時の70000町村を統治しきるのはあまりにも無理がありました。

そこで、道府県と町村の仲立ちをする地理区分として郡がフィーチャーされ、1878年制定の郡区町村編制法において郡は晴れて行政区画となりました。

 

ですが、郡は奈良時代の人口分布をもとに制定されたままの姿を留めており、明治時代の人口分布にそぐいません。

このため、郡区町村編制法には以下の条文が設けられました。

 

【郡区町村編制法】

第三条 郡ノ区域広濶ニ過キ施政ニ不便ナル者ハ一郡ヲ画シテ数郡トナス(東西南北上中下某郡ト云カ如シ)

第五条 毎郡ニ郡長各一員ヲ置キ毎区ニ区長各一員ヲ置ク郡ノ狭少ナルモノハ数郡ニ一員ヲ置クコトヲ得

 

つまり、行政上の便を図るため、葛飾郡や伊那郡のような大郡は東西南北あるいは上下で分割する一方で、磐田郡や見島郡のような小郡は他の郡とともに管轄されたのです。

 

1897年に岐阜県で郡制が施行されると、かつての栗郡と中郡が統合されて羽島郡が発足しました。

羽島とは栗と中合成地名だったのです。

 

3. 羽栗郡・中島郡

それでは、羽島郡の由来となった栗郡と中郡の由来も遡ってみましょう。

 

1586年、木曽川が大洪水を起こし、流路を変えた木曽川により尾張国葉栗郡、中郡、海西郡が分断されてしまいます。

このため、豊臣秀吉によって1589年に木曽川右岸が美濃国に割譲されましたが、美濃国に割譲された葉栗郡については尾張国葉栗郡との混同を回避するために栗郡と改称されました。

 

今となっては岐阜県の地名として著名な羽島ですが、元を辿ると尾張国の2郡名を合成した合成地名だったのです。

 

4. 岐阜

岐阜羽島の冠、岐阜は地名としての歴史は浅く、戦国期に命名されたと言われています。

織田信長命名した著名な説をはじめ、その命名者は議論を呼ぶところでありますが、地名の由来自体は確かなようです。

 

その由来とは、周の文王が立ち上がった山と、孔子誕生の地である曲を合成して、太平と学問の地であれとの願いを込めて命名したというものです。

 

いまや47都道府県の1つである岐阜は、中国の地名の合成地名だったのです。

 

5. 岐阜羽島駅

それでは、どうして岐阜県羽島市東海道新幹線の駅が開業したのでしょうか。

 

東海道新幹線は東京都、神奈川県、静岡県、愛知県、岐阜県滋賀県京都府大阪府の8都府県を結ぶ路線として開業しましたが、リニア中央新幹線よろしく各都府県に駅を設けることとなり、岐阜県内にも駅が設けられることとなりました。

このとき白羽の矢が立ったのが、木曽三川を渡河し、関ヶ原越えを控えた羽島市だったのです。

 

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岐阜羽島駅前の大野伴睦夫妻像。

 

東海道新幹線12駅】

 

こうして、1964年の東海道新幹線開通と同時に開業した岐阜羽島駅ですが、戦後以来の岐阜アパレル業の勃興をうけて1970年に岐阜羽島繊維卸センターが開設されました。

 

岐阜羽島ですが、戦国期の動乱の中で、時の武将の手によって、尾張国と中国から輸入された時空を跨いだ合成地名でだったのです。

 

参考