うみのおと

まちのこと ひとのこと うみのこと

「力あわせる二百万」

これは、群馬県の郷土かるたである「上毛かるた」の『ち』の読み札です*1

今回は、郷土かるたについてのお話です。

 

 

1. 上毛かるた

まずは郷土かるたの草分けである上毛かるたの誕生を紐解いてみましょう。

 

群馬県長野原町出身の浦野匡彦は、満州国から故郷である群馬に引き揚げました。

しかし、敗戦した日本では、GHQにより修身・日本歴史・日本地理の授業が停止され、新しい教科書の作成が指示されていたところでした。

郷土愛の強い浦野は、子供たちには群馬の歴史、文化を伝えたい、という思いを募らせました。

 

そんな中、前橋市で開かれた引揚者大会で、浦野は安中出身のキリスト教伝道者、須田清基と出会い、かるたを通じて群馬の歴史、文化を伝えることを提案されました。

そして1947年、上毛新聞に上毛かるた構想を発表し、県民からその題材を募りました。

 

郷土史家や文化人ら18人からなる編纂委員会によって44の句が選ばれ、絵札を画家の小見辰男に、読み札裏の解説を歴史研究家の丸山清康に依頼し、初版12000組が発売されました。

浦野は群馬文化協会の初代理事長となり、上毛かるたの発行を続けました。しかし、会員の高齢化から群馬文化協会は2013年に解散し、上毛かるた著作権・商標権は群馬県に無償で譲渡されました。

 

また、上毛かるたの特徴は県を挙げた競技大会です。

上毛かるたの発売の翌年、1948年には第一回上毛かるた競技県大会が前橋市の商工クラブで開催されました。その後、何回か会場を変えながら、現在は前橋市の県立武道館で開催されています。

この大会の出場者は県内に住む小中学生です。毎年9万人の選手は、2月の県大会に向けて、前の年の12月の各地区の子供会や小中学校で地区予選でしのぎを削ります。そして、地区予選を勝ち抜いた選手が各郡市の大会に出場し、そこでの勝者わずか300人ほどが県大会に出場し、小学校低学年、小学校高学年、中学校の3つの部門について個人・団体の優勝者を決定します。

9万分の6、そのあまりにも狭き門は郷土教育の範疇をとっくにはみ出しているような気さえしてきます。

 

また、上毛かるたは郷土教育の一環ですので、競技大会は「群馬県下の小中学生」に限られました。

しかし、2012年にネットでの呼びかけによって発足した上毛かるた日本一へ! - KING OF JMK~おとな達の上毛かるた日本一決定戦~によって、2013年2月、銀座のぐんま総合情報センター『ぐんまちゃん家』で大人達による第1回上毛かるた全国大会が開催され、競技県大会に合わせた毎年2月に開催されています。

上毛かるたは郷土教育の資料から飛び出して、郷土の資源となっているのです。

 

2. 菱町

さて、上毛かるたの上毛とは、現在の群馬県域に相当する上野国の別称です。

この上野国は、古代の毛野国を東西に分割したもので、東半分は下野国、現在の栃木県に相当します。

そして、毛野国を東西に分割する際、国境として桐生川が選ばれました。

 

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毛野国に深く刻まれた桐生川。赤色立体地図より。

 

なるほど、境界として河川を選ぶのは非常に分かりやすいです。石狩川上の市町村界、千葉県と茨城県の県境、アルゼンチンとウルグアイの国境など、河川境界は決して珍しいものではありません。

しかし、これらの河川境界は中・下流域においての話です。幅広な川沿いに平地がゆったりと広がるうちは、両岸の往来は少ないためにそれぞれの岸で共同体が形成され、河川上におのずと境界線が形成されます。

しかし、険しい峡谷が続く上流部では、川を遡上する交通路が川の片側にしかないことも珍しくなく、両岸合わせた共同体が形成されることがしばしばです。

それは、桐生川上流でも同様でした。桐生川東岸に位置する栃木県菱村でも、多くの人が川を下って絹織物で栄えた群馬県桐生市に働きに出ました。栃木県の他都市に行くにしても、いつたん桐生川を下って桐生市まで出る必要があったのです。

追い討ちをかけたのが桐生川の管理でした。桐生川上に市町村界があったため、河川管理は財政的に負担だったため、桐生川西岸を擁する群馬県桐生市との越境合併を希望し、1959年に合併が成立しました。そして、桐生市の手によって水道敷設、橋の架け替え、団地造成などの事業がなされ、菱村は発展しました。

 

3. 菱町かるた

上毛かるた都道府県かるたの嚆矢でした。この上毛かるたに続けとばかりに、群馬県では郷土かるたの成立が相次ぎます。

しかしながら、菱町は下野国であり、上毛ではありません。

そこで1997年、菱町かるた作成委員会によって菱町かるたが作成されました。

そして、郷土かるたにはかるた大会が欠かせません。菱町かるたも、ご多聞に漏れず、年に1回のかるた大会が行われています。

 

 

都道府県や市町村はあくまで行政区分であって、実際の地理区分にそぐわないことも少なくありません。

ですが、行政が教育を所掌するため、教育機関は行政区分ごとに編成され、郷土教育は行政区分に基づいて行われます。

人口8000人の町に生まれた郷土かるたは、群馬県であって上毛でない。そんな、行政区分と地理区分が衝突面において、行政が郷土教育を所掌したがために生じた現象だったのです。

 

 

参考

 

*1:上毛かるたの絵札・読み札一覧はこちら