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立野

今回取り上げる立野は、奈良県三郷町の一地区で、1889年に立野村だったものが、勢野村・南畑村と合併して三郷村となりました*1

 

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三郷駅を中心に展開する立野地区。地理院地図より。

 

純農村であった奈良県三郷村(現・三郷町)も京阪神都市圏の御多分に洩れず1960年代から宅地化の波が押し寄せ、近鉄生駒線が通過する勢野地区を起点に宅地化が進みました。

人口増加は喜ばしいことである反面、村外のデベロッパーによる農地の乱開発によってスプロール化が進行し、三郷町当局が宅地分譲を手がけるほどでした。

 

産業構造の転換を迫られた三郷村は生き残りをかけて、宅地に匹敵する高い生産性を求めました。このとき、三郷町が選んだのは、①農業の高付加価値化と②宅地化を織り込んだ農地転用です。

今回は、迫りくる宅地化の波に立ち向かった農村の話です。

 

大和洋らんセンター

そもそも、宅地化は宅地の生産性が農地よりも高まったときに起きる現象です。つまり、無秩序な宅地化を防ぐためには、農業の高付加価値化が有効な手立てとなります。

そこで1962年、三郷村は農業構造改善事業の指定を受けて、立野地区の水田を区画整理した上で、温室花卉農家の育成を試み、1964年に農業組合として大和洋らんセンターが発足しました。

 

農住団地

しかしながら、宅地化に歯止めはかからず、1966年に三郷(みさと)村は三郷(さんごう)町となりました。

立野地区にも宅地化の波が及ぶ中で、農林省(現・農林水産省)は1970年から3年かけて以下の26か所の農村住宅団地建設計画モデル地区について調査研究を行いました。

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三郷町立野への農住団地建設計画モデル地区指定を、秩序立った開発のための好機と捉え、1972年に立野農住土地区画整理組合を設立して農住団地建設を推進しました。

 

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農住団地の建設が進む。今昔マップより。

 

そして、土地区画整理組合の誘致運動によって、立野地区を通過するJR関西本線に1980年に三郷駅が開設され、三郷駅(農住団地)と信貴山下駅三郷町役場)を結ぶバス路線*2が開業しました。
そして、1981年に晴れて農住団地が入居開始し、1984年には奈良産業大学(現・奈良学園大学)が開学しました。

 

しかしながら、当初の農住団地は低層住宅地化を目指して第2種低層住居専用地域に指定されたため、農地と比べて生産性に差がつかず、宅地内に農地が残存してしまいました。

このため、三郷町は1995年に農住団地の第2種中高層住宅専用地域への用途変更を行い、さらなる生産性の向上を狙って現在に至ります。

 

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三郷駅周辺に桃色の近隣商業地域が、農住団地全域に黄緑色の中高層住居専用地域が広がり、緑色の低層住居専用地域は見られない。三郷町/都市計画・建築・開発より。

 

参考

*1:奈良県三郷町に限らず3か村が合併して三郷(さんごう・みさと)を名乗る例は多く、埼玉県三郷市山梨県市川三郷町などがあります。

*2:奈良交通15系統。2015年に廃止されました。